先週の木曜の夕方、NHKクローズアップ現代で、瀬戸内寂聴さんのインタビューが放送されておりました。
寂聴さんは、91歳の歳に胆嚢癌が発見されて、一年間、闘病生活をされていたそうです。

今は人に支えられなくとも、日常の生活に不自由ないほどに回復したそうですが、一時は、闘病生活が辛く、死んだ方がましだと思われたそうです。
90まで生きれば、それで十分だから、死ぬほど辛い思いをするのなら、闘病などはせずに、楽に死ねる道を選びたいだろうと、弱小の釣堀屋は思うのであります。
実際、寂聴さんも、死にたいと思ったらしいです。しかし、死にたいと思うその心は、鬱なんだと気が付かれたそうです。
この鬱を治さないと、病気に負けると感じたのだそうです。
90を過ぎれば、病気に負けても仕方がない。釣堀屋なら、そう思います。ですから敢えて辛い治療は選択しないと思います。
しかし、寂聴さんは負けてはならぬと思った。これから書くべき小説の仕事を構想して、鬱を治したのだそうです。

この気力たるや凄いと思います。
寂聴さんは、ペンを握って死にたい。書いているときに、ぱたっと死ねたら最高だと仰せであります。
人間、生かされている間は、生きねばならない。生かされたら、仕事をし続けなければならない。寂聴さんは、身をもって示したように場末の釣堀屋には思えます。

フライフィッシャーは生業ではありませんが、釣堀屋のライフワークであります。
フライフィッシャーたる釣堀屋も、死ぬその瞬間まで、川辺に立ちたいと願っております。
ですから、死ぬだろう、その直前においても、バイスの前に座り、明日のフライを巻いていたい。
弱小の釣堀屋は、かように希望いたしております。

生きるだの死ぬだのとの話はこれまでにして、釣堀屋のライフワークである、フライフィッシングのお話に移ります。
釣堀屋は、さきのGWに、思うところがございまして、キャッチ&リリースの川へ逝ってまいったのであります。
この度は、妻同伴で、観光も兼ねておりますので、バイクのXRではありません。狼の皮を被った羊、軽乗用車のジム兄ちゃんで逝きました。
釣堀屋は釣り、かみさんは観光と、現着してから別れるので、ジム兄には、なんと、原付二種を積んでおります。

GWの前半、4月の末日に、キャッチ&リリースの有名河川目指して、釣堀屋は、ジム兄ちゃんを転がしました。
現地に到着した釣堀屋は、狼の皮を被った羊、軽乗用車のジム兄ちゃんから、原付二種を下ろしました。
これから、かあちゃんは買い物、釣堀屋は釣堀ツアラーとして、原付二種にまたがり、釣りをします。





5月であります。季節はよいので、雪代の入らないこの辺りなら、どの川でも良い釣りができます。
にも拘わらず、なぜ、キャッチ&リリースの川(我が国ではキャッチ&リリース=釣り堀同然の川になります)に立つのか?
それは、鱒がフライを銜えている時間を知りたかったからであります。
鱒がフライを銜えている時間を知るためには、鱒が見えなければなりません。鱒が見えるほど魚影の濃い川と言えば、キャッチ&リリースの川しかありません。

てなわけで、着きました河原で浅瀬を観察すれば、数匹の鱒が見えました。
シャローの浅場に定位する鱒は、ドライフライに出るかもしれません。しかし、鱒が銜えている時間を知る行為が目的だから、結ぶフライは、沈むフライでなくてはなりません。
釣堀屋は早速、ニンフを結び、アウトリガーのフライフィッシングを試みます。
ところがこの川、フライフィッシャーが入れ替わり立ち替わり、鱒にフライを見せる川です。
鱒は、パスタイムの上の池なんてものじゃない、スレッカラシぶりであります。沈めたフライが少しでも不自然に流れると、ぷいと姿を消すのであります。
アウトリガーで、遠距離からフライを流すと、フライはどうしても弧を描きます。すると、鱒は嫌がって消えるのであります。
だから、近寄らねばなりません。だが、近寄るにしても、シャローの浅場です。限界があります。従って、浮きに頼らざるを得ない状況でした。

浮釣りはしないと拘るフライフィッシャーもおります。釣堀屋は拘りません。なぜなら、自由でいいと思っているからです。
フライフィッシングは、フライフッシングのタックルで、餌ではないフライを結ぶのならば、釣り方は自由だと釣堀屋は思っております。
ですから、釣堀屋は、馬鹿みたいに重たいショットを付けますし、風船のような浮きも使用します。

おっと、気が付けば脱線しておりました。元に戻さねばなりません。しかし物事はついでと言います。話題を戻す前に、再度、寂聴さんのお話をさせていただきます。

先に述べました寂聴さんは、人は、歳をとったらダメになるとか、あれを食うなとか、これをしちゃいけないとか、歳をとると、あれこれ制約したがると申しておりました。
そんな制約が、正しいと証明した者はいない。人は、死ぬまで元気なはずだから、理由のない制約に拘る必要はない。寂聴さんは、このように結論づけておりました。
続けて、人の幸せは、自由になることと仰りました。
他人の悪口や批判などは聞かなくてもいい。だから、もっと自由になれと、励まされておいでです。
しかし、自由な生き様は、壮烈な生き様であります。自由になった途端、責任は全部、自身で負わねばなりません。
どのような事態になっても、組織や仕組みのせいにはできないのだから、起こった事態の結果は、良い悪いに拘わらず、全部、自分で被らねばならないのです。
寂聴さんは若い頃、幼い娘と夫を捨てて、若い男と駆け落ちしたのだそうです。寂聴さん曰く、不倫が許される唯一の条件は、命懸けであることだそうです。
寂聴さんは、命懸けで夫以外の男に恋して、出奔した。かように自由に生きるのなら、あらゆる批判を受け止めねばなりません。
どのような批判があったか、どのような目に遭わされたのか、想像はつきます。
壮絶だっただろうと、場末の釣堀屋ごときは想像するのであります。

で、フライフィッシングの話に戻ります。
フライフィッシングも自由であって良いと思います。
あれこれと制約を述べる方もおられます。しかし、制約があればあるほど、魚は釣れなくなります。
ドライでなければならない。ウエットの釣りで釣りたい。かような制約から解放されて、その場その場に適した、釣れるフライフィッシングをしたら良いと思います。

拘りたくないのならば、フライフィッシングなど止めて、餌釣りをすれば良いじゃない。よほど釣れるだろう。

仰せの通りだとは思います。しかし釣堀屋は、餌釣りより釣れるフライフィッシングを目指したいのであります。ですから、フライフィッシングのタックルで釣る姿に拘りたいのであります。

少し前までは、大河川のウエットフライの釣りで、スペイラインのみで、できればスイング途中で大きな魚にフライを食わせたい。
釣堀屋は、このように制約を課しておりました。
しかし、この制約で大きな魚を釣るには、釣り人側の技術に加えまして、自然条件が揃わないと、まず、無理でした。
自然条件が揃う有様は、通常はないです。ですから、当時の釣りは、釣れない釣りと同義です。でありますので、この制約に拘る限り、通常は、ノーフィッシュです。
当時は、釣れない釣りが当たり前になっておりました。当時の釣堀屋は、なぜ釣れないのか、考えなくなっておりましたのであります。
仕事もそうです。繰り返しの仕事が当たり前になっておりますと、その仕事が消える凶事を想像しなくなります。今やっている仕事がなくなって初めて、人は危機を覚えます。
同じ行為の繰り返しで、考え無しになると、仕事の進化は止まります。進化が止まると、衰えるのであります。物事が下手になります。近年やっと、釣堀屋は気が付きました。

おっと、また脱線していたような。
そうでした、鱒がフライを銜える時間です。結論から申しますと、一瞬でした。スレッカラシの鱒は、フライをすぐに吐き出しました。
鱒のすぐ上に浮かんでいた浮きには、鱒がフライを銜えた兆候は、ほとんど現れません。
ウエットフライの釣りで、長いラインを出して釣りをしていると、近くで餌釣りをしている者が数尾の鱒を釣って入るにも拘わらず、魚が触れた感触すらない状況があります。
この度、目の辺りにした現象から察しますと、鱒は、釣堀屋がアタリを感知する前に、フライを吐き出しておったのであります。
疑ってはおりましたが、アタリも無くフライを吐き出す魚を目の辺りにして、ようやく実感できました。
いささか遅すぎる気づきでありました。

反省は後ほどすることにして、さて、目前の鱒をどうしようか……。
釣堀屋は考えました。
目前に定位する鱒が銜えるフライは、浮き釣りの実験で分かりました。
銜えるフライは分かっても、浮きに反応が出ないのですから、現状では、鱒がフライを銜えるところを見て、合わせるしか手はないようです。
しかし、いつも鱒が視認できるとは限りません。否、視認できる鱒など、キャッチ&リリース川以外では、滅多にお目にかかれません。
浮きでアタリの目安をつけるのなら、浮力を小さくするほかにありません。しかし、なるべくなら浮きは使いたくはありません。できるならば、アウトリガーニンフで釣りたいところです。
しかし、鱒の横に立ってアウトリガーをすれば、フライは、ラインの重さで手前に引き摺られます。フライが引かれて横に動けば、スレッカラシの鱒はフライを銜えません。
ならば、鱒の下流に立ったらどうだろう? 
下流の位置からフライをキャストすれば、当然ながら、フライはこちらへ流されます。この際、ラインをべたりと水面に置けば、フライは表層の流れに同調して流れるはずです。しかし、ラインの抵抗は、浮きより大きいはずだから、鱒はフライを銜えても、すかさず吐き出すでしょう。
では、ラインを水面から離してはどうでしょう? 
水面からラインを離せば、自重でラインは手前に引かれるはずです。しかし、フライも下流である手前に流れるので、フライの流れる速度は、表層の流れより、若干速い速度で済むはずです。
その際、ラインは持ち上げられているので、鱒は、抵抗なくフライを銜えていられるでしょう。
実際に下流からやってみますと、12ftのリーダーを使えば、ロッド2本くらいの距離なら、難なくやれます。3本の距離でも、いけそうです。
この際、フライは底を引き摺るので、根掛かりするはずです。ですから、完全キールのフライか、ダウンショットにするしかありません。
スレッカラシの鱒は、キールのフライを食うとは思えなかったので、ダウンショットでの釣りを試してみました。
その結果がこれです。
同じ場所で次から次へと掛けてやりました。

      

釣り場によって違うだろうと思います。この度の釣りの原則は、完全に、アップストリームに投げるでした。
分かる方は、納得されるだろうと思います。

先週は、突発的原因による池の濁りによって、魚の活性はがた落ちでありました。
現在は、だんだん池は澄んでおります。今週末頃には、釣れる状態になるはずだと、希望しております。