いやぁぁ、今週も、酷え雪になっております。
雪は、3連休までで終わりだと、勝手に思っておりました。ところが、バレンタインを控えた13日の火曜日、ばっかみてえな積雪に見舞われました。
連休の最終日には、来週半ばには再開できると思っておりました。しかし、13日に、1メートルに迫る積雪を食らっては、無理です。
当時は池が殆ど埋まり、人が入れないので、鵜の餌場に成り果てておりました。
バレンタインデーの昨日は、幸いにも気温が上がりました。お陰で、急速に雪解けが進んでおります。殆ど埋まっていた池も、今日には3分の1まで開いております。
除雪が間に合えば、週末は営業したいと希望しております。但し、道は狭うございます。コンパクトカーでも、どこかを擦りながら進むような状態です。また、車同士のすれ違いは、どこもできません。
道幅を、もう少し広げたいと希望しております。しかし、雪の壁を見上げるにあたり、とても広げるような仕事は無理だと、諦めざるを得ません。
また、ハウスの奥も、雪の壁になっております。だから、奥の駐車スペースも、手持ちの除雪機での除雪は、難しい状態です。
従って、駐車台数は限られます。釣堀家が駐車誘導しますので、ご容赦下さいませ。

週末に営業を再開するにしても、鵜に取られて魚の数は少ないと予測されます。なので、釣れない可能性もあります。ですから、この週末は、放流せねばなりません。
しかし、週末も雪の予報で、どれだけ積もるか分かりません。だから、雪のために、放流車が入れない可能性があります。
従って、雪の状況を見ながらの放流になりますが、この場合、放流の手配は直前になります。となると、養魚場の都合もありますから、放流の確約はできません。

もし営業を再開したにしても、当日にならならねば、開業できるか分からない。直前にならねば、放流できるか分からない。行ってみなければ、駐車できるか分からない。やってみなければ、釣れるかどうかも分からない。
分からぬずくめの、場末の釣り堀です。どうか、お見捨てにならずに、いらして下さい。

さて、平昌(日本人なので、ひらまさと読みます)オリンピック、我が県の村上出身の平野君が、先回オリンピックと同様の、銀メダルを獲りました。
平野君、肝臓破裂の大怪我からの復帰を果たしたのであります。彼こそ、不屈の魂の持ち主と言えるでしょう。
雪だ、鵜だと、ぼやいている場末の釣堀家ごときは、この平野君の不撓不屈の魂の一片でも、我が物にしたいと願うばかりです。
できれば、金を獲らせてやりたかったです。噂では、金のホワイト選手の採点が甘かったとの批判もあります。しかし、結果ですから、受け入れなくてはなりません。
そもそも、メダルを獲れれば、金だろうが、銀だろうが、銅だろうが、大差はないような気がします。
メダルの色の差は、運の差と、弱小の釣堀家は考えております。
それにしても、運のない者は、我が国の選手に多くおります。
勝負弱いと申しましょうか、我が国の選手は、人間性に優れておりますので、いざとなると、遠慮するところがあるのです。
そこへゆくと、毛唐や馬鹿野郎半島、東亜の破落戸共などは、勝てば何でもよいという歴史を経ておりますから、勝つためなら、どのような不正もします。
例として、露助のドーピングや、馬鹿野郎半島の審判買収。東亜の破落戸による、公然たる反則行為などが上げられます。
翻って、我が国の選手は本当に人間性がいい。
浅田真央ちゃんを見たらいい。馬鹿野郎半島の、見え見えな審判買収行為をによる不当な結果を、何も言わずに受け入れた。これこそ、神の国、日本の真骨頂です。

この世は娑婆です。娑婆には、あの世で相見えない色々な人がおります。仏のような真央ちゃんもいれば、北チョンのような大馬鹿野郎が混在する姿が、娑婆であります。
あらゆる性格の人と見えても、ぶれない性根でいられる結果が、我々がこの世に生まれた理由かもしれません。
この世は修行です。でありますから、場末の釣り堀に大雪も降れば、鵜の大群も飛来します。
いちいち、負けてはいられねえと、自己を鼓舞しますが、まだ修行半ばの身です。

次から次へと、色々な問題が起こりやがって、こんな商売、やっていられねえ。
今日は、釣堀家の悲鳴で、終わりにします。